「来月から原則出社に戻します」
今、多くの企業でこの号令がかかり、経営層と従業員の間で摩擦が生じています。新型コロナウイルスの5類移行以降、世界中で「オフィス回帰」の動きが加速しています。しかし、一度定着したテレワークという働き方を、会社の一方的な都合で廃止することは許されるのでしょうか?
結論から申し上げますと、手続きを誤った一方的なテレワーク廃止は、法的に「不利益変更」とみなされ、違法となるリスクがあります。 また、法的な問題をクリアできたとしても、優秀な人材が流出する「退職ドミノ」のリスクは甚大です。
本記事では、労働法務と人事労務の専門的な観点から、テレワーク廃止に伴う法的リスク、最新の企業動向、そして企業と従業員が取るべき正しい対応について徹底解説します。
【2024-2025年最新】テレワークを廃止・縮小した主要企業一覧と理由

まずは、国内外の主要企業がどのような判断を下しているのか、そのトレンドと理由を見ていきましょう。多くの企業が「コミュニケーション」と「生産性」を天秤にかけています。
世界的な潮流:Amazon、Google、テスラなど
米国テックジャイアント(GAFAM)を中心に、強力なオフィス回帰の動きが見られます。
- Amazon(アマゾン) 2025年1月より、週5日の出社を義務化する方針を発表しました。アンディ・ジャシーCEOは、企業文化の強化やイノベーションの創出には対面での協働が不可欠であるとしています。
- Tesla(テスラ) イーロン・マスク氏は以前よりテレワークに否定的であり、「週40時間以上のオフィス勤務」を義務付けています。
- Google(グーグル) 週3日の出社を義務化し、出社状況を人事評価に反映させる方針を打ち出すなど、管理を厳格化しています。
日本企業の動向:ホンダ、楽天、トヨタなど
日本でも、製造業やITメガベンチャーを中心に「原則出社」への回帰が進んでいます。
- 本田技研工業(ホンダ) 「三現主義(現場・現物・現実)」を重視し、原則出社の方針を強化しています。対面でのワイガヤ(議論)文化を取り戻す狙いがあります。
- 楽天グループ 早くから原則出社へ切り替えました。三木谷社長は、一体感の醸成やスピード感を重視しています。
- トヨタ自動車 トヨタも現場主義を徹底しており、事務・技術職を含めてオフィスや現場でのコミュニケーションを重視する姿勢を崩していません。ただし、育児・介護との両立支援としての在宅勤務制度は維持するなど、メリハリをつけています。
共通する「廃止・縮小の理由」
これらの企業がテレワークを廃止・縮小する理由には、主に以下の3点が挙げられます。
- コミュニケーション不足の解消: 雑談から生まれるアイデアや、若手社員へのOJT(教育)がオンラインでは難しい。
- イノベーションの創出: 偶発的な出会いや対面での熱量ある議論が、新しい価値を生むと考えられている。
- 生産性管理の難しさ: 「サボり」への懸念だけでなく、長時間労働の隠蔽や、評価の公平性を保つことの難しさ。
一方的なテレワーク廃止は「違法」か?法的リスクを解説

ここからは、経営者や人事担当者が最も注意すべき、そして従業員が知っておくべき「法的リスク」について解説します。
キーワードは、労働契約法における「労働条件の不利益変更」です。
労働条件の不利益変更とは?
会社は原則として、従業員の合意なしに、賃金や労働時間などの労働条件を従業員に不利な形に変更することはできません(労働契約法第9条)。テレワークが「労働条件」として定着している場合、これを一方的に取り上げることは違法となる可能性があります。
違法になる可能性が高いケース
以下のようなケースでは、会社側の一方的な廃止命令が無効(違法)と判断されるリスクが高まります。
- 雇用契約書に「勤務地:自宅」と明記されている場合 入社時や契約更新時の雇用契約書(労働条件通知書)において、就業場所が「自宅」と限定されている場合、会社は一方的に「オフィスに出社せよ」と命じることはできません。これを行うには、個別の合意による契約変更が必要です。
- テレワークを前提とした採用・合意があった場合 契約書に明記がなくても、「フルリモート可」という条件で採用されたり、地方移住を会社が許可していたりする場合、テレワークは「既得権(合意された労働条件)」とみなされる可能性があります。
- 正当な理由のない「狙い撃ち」廃止 特定の社員を退職に追い込む目的(いわゆる「追い出し部屋」的な扱い)で、出社を強要することは、パワハラや人事権の濫用として違法となります。
合法的に進めるための要件
もちろん、会社には「業務命令権」や「人事権」があります。すべてのテレワーク廃止が違法なわけではありません。以下の要件を満たす場合、就業規則の変更による出社回帰が認められるケースがあります(労働契約法第10条)。
- 変更の必要性: 業務上の必要性が高いこと(例:対面でないと不可能な業務がある、業績が悪化している等)。
- 内容の相当性: 従業員が被る不利益の程度が、変更の必要性と比較して妥当であること。
- 代償措置・経過措置: 通勤手当の復活や、準備期間(猶予期間)の設定など、激変緩和措置があるか。
- 協議: 労働組合や従業員代表と十分に話し合いを尽くしたか。
テレワーク廃止が招く「退職・転職ドミノ」の恐怖

法的リスク以上に企業にとって怖いのが、「優秀な人材の離職」です。
「テレワーク廃止なら辞めます」はリアルな声
特にITエンジニアや、子育て・介護中の従業員にとって、テレワークは「給与」と同等、あるいはそれ以上に重要な福利厚生です。
パーソル総合研究所などの調査でも、テレワーク実施率と従業員エンゲージメント(会社への愛着)には相関が見られます。説明不足のまま強制的に出社させれば、「この会社は従業員の生活を大切にしない」というメッセージとして受け取られ、信頼関係が崩壊します。
「静かな退職」への警鐘
表立って退職しなくても、モチベーションを失い、必要最低限の仕事しかしない「静かな退職(Quiet Quitting)」が蔓延するリスクがあります。「通勤時間が無駄」「集中できない」といった不満が蓄積し、組織全体の生産性が低下してしまうのです。
【従業員向け】廃止を理由に退職する場合の注意点
もし、あなたが会社の方針に納得できず転職や退職を決意した場合、失業保険(雇用保険)の扱いに注意が必要です。
- 原則: 「自己都合退職」となり、給付制限期間(待機期間)が発生することが多いです。
- 例外: 通勤困難(往復4時間以上など)や、明らかな労働条件の相違がある場合、「会社都合(特定受給資格者)」や「正当な理由のある自己都合退職(特定理由離職者)」として認められ、すぐに給付を受けられる可能性があります。ハローワークで相談する際は、契約書や就業規則、会社からの通知メールなどを証拠として持参しましょう。
企業が取るべき「正しい廃止・縮小」のプロセス

では、企業はどのようにこの問題に向き合うべきでしょうか。コンプライアンスを守り、離職を防ぐための「正しいプロセス」を提案します。
1. いきなり「完全廃止」にしない(ハイブリッドワークの推奨)
「明日から全員毎日出社」のような極端な変更は避けるべきです。週2〜3日の出社とするハイブリッドワークを導入し、徐々に頻度を調整するのが現実的です。
2. 丁寧な対話と十分な猶予期間(経過措置)
方針を変更する際は、トップダウンで通達するのではなく、「なぜ出社が必要なのか」を丁寧に説明し、従業員の納得感を得る努力が必要です。 また、育児や介護の体制を整える時間が必要な従業員のために、3ヶ月〜半年程度の猶予期間(経過措置)を設けましょう。
3. 個別事情への配慮(合理的配慮)
一律のルール適用はリスクが高いです。 育児・介護休業法に基づき、家庭の事情がある従業員に対しては、引き続き在宅勤務を認めたり、短時間勤務制度を柔軟に運用したりする配慮が求められます。
4. 代替措置(メリット)の提示
出社を求めるのであれば、それに見合うメリットを提示しましょう。
- 通勤手当の実費支給から定期代支給への切り替え
- フレックスタイム制度のコアタイム廃止
- 社内コミュニケーション費用の補助(ランチ代補助など)
まとめ
テレワーク廃止は、単なる「場所の変更」ではありません。従業員のライフスタイルそのものに関わる重大な変更です。
- 企業の方へ: 一方的な廃止は「不利益変更」として違法になるリスクがあり、なにより優秀な人材を失う可能性があります。法的な手順を踏むことはもちろん、対話を通じて「納得感のある働き方」を模索してください。
- 従業員の方へ: 会社の命令に疑問がある場合は、まずは雇用契約書を確認しましょう。不当な扱いだと感じたら、社内の相談窓口や労働基準監督署、専門家へ相談することをお勧めします。
時代の揺り戻しの中で、それぞれの企業にとって最適な「働き方の解」を見つけることが、今求められています。

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